6日で胆振東部地震から2年が経過した。地震発生当日、苫小牧市内の自宅で震度5強の揺れを初めて体感し、息つく暇もなく停電したまちなかを乗用車で走り、会社から厚真町に向かったことを思い出した。
地震当日から厚真、安平、むかわの3町で取材をする機会が多かった。行方不明者の捜索や避難所の開設、有志の炊き出し、ボランティアの支援。かつて大災害に見舞われた地域で起きたことが苫小牧周辺で行われた。目まぐるしく状況が変わる中、過去に東日本大震災の被災地に行った経験が役立った。
被災者の声を聞くと切実さが伝わった。建物が損壊して長年経営してきた旅館を廃業した家族、住宅の損傷が激しく途方に暮れた高齢の女性、親族をなくした悲しみを受け止めながら地酒に使用するコメを収穫した農家、それぞれ前に進もうと必死になっている。
一方、道が4日に実施した燃料供給訓練は電話やファクスによる伝達訓練で、台本の確認作業だけだった。参加者から「もう少し真剣にやるべきでは」と行政の態度を疑問視する声も出た。あの日のような災害は今後も起こり得る。教訓を生かさないと防災につながらないと考えた。(室)
















