現金を遠方に送る場合、今は大小の金融機関の口座振り込みが主流だが昔は現金封筒。特に農漁村からは郵送が唯一の送金手段だった。
薄茶の紙が何重にもなった頑丈な封筒。この封筒を待つ時間の長さやつらさ、この封筒が到着し空腹から救われた感動を記憶している人は多いはずだ。
Aさんは高校を卒業して数年間、仕送りを受けた。父は役場職員。高校生の弟もいた。家計は大変だったと思う。それでも封筒は毎月、確実に届いた。
母は50代後半に脳出血で急死した。数カ月後、遺品整理をしていて仏壇の引き出しから輪ゴムで束ねた小さな紙の束を見つけた。現金封筒の送金の控えだった。送り先は自分。送金の額も書かれていた。送金後に母が1枚ずつ束に加え残したのだろう。どうして。何のために。
自分が子育てをし、子どもが高校生になった頃には、母の意図が理解できた気がする。「子どもが希望するなら勉強をさせてあげなさい。友達と楽しく過ごす時間を、持たせてあげなさい。私と父さんはそう考えて頑張ったんだよ」。そのことを知ってほしくて紙片の束を残したに違いない。母の指示通り、自分も子どもに仕送りをした。
母の生きた年齢をずいぶん超えた。去年から、この季節、近所では孫の進学が話題だ。子どもと孫が振り込んだり、待ったりする時代が近い。手強い感染症、大雪や暴風―。障害は多いが負けてはいられない。仕送りの心構えを伝えなければ。(水)









