記者が見た南三陸町 できること

記者が見た南三陸町
できること

 2月27日から3月1日まで、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町を訪れた。町は復興工事をほぼ終えたとしているが、高さ8・7メートルの防潮堤造りや震災伝承施設の建設は続いており、今もダンプカーやクレーン車が行き交う。

 初めて同町に足を踏み入れたのは震災から1年半を過ぎた頃、大学のゼミ活動だった。15メートル以上の津波が押し寄せた町内はがれきの撤去が終わり、商店や住居が立ち並んでいたことが想像できないほどだった。広い土地に夏草がぼうぼうと生え、最初に抱いた印象は「何もない」だった。

 その後も年に2~3回訪れた。かさ上げ工事のために山が削られ、訪れるたびに道が変わり、目線が変わり、新しい建物ができていった。人の生活も避難先から仮設住宅、そして復興住宅へと変化していった。

 あれから10年。被災者ではない私も、震災と町に通った月日を思い返し、落ち着かない気持ちでいる。大学時代にお世話になった人たちの中には、この10年の間に亡くなった人もいる。

 私たちにできることは何だろう。私は語り部ではないが、近くで被災地を見て、被災者と交流してきた身として読者に伝えたいと感じた。自分たちの住む地域をもっと知り、災害が発生したときにどうするべきか、身近な人たちと一緒に考える。震災から10年の節目がそんな機会となることを願っている。(樋口葵)

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