家畜

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 人の世界の、卒業や自立をめぐる春の別れは心の中に大小の傷を残し時に歌などに姿を変えて歌われる。他の動物たちの別れはどうか。

 犬や猫など愛玩動物や家畜との別れのつらさを、東日本大震災から満10年の年の新聞やテレビに繰り返し考えさせられた。大災害時のペットの扱いは飼い主だけでなく、避難所に集まった動物が苦手な避難者や、避難所を管理する人たちにとっても大問題だ。ペットの籠などを用意する自治体も増えているようだ。それが無いために自宅にとどまったり、狭い車の中でペットと避難し続け、健康被害を広げることも多いといわれる。

 東日本大震災では家畜をどうするかが問題になった。「しばらく、自分で生きてくれ」。余震が続き、放射線が垂れ流される中で家畜を放した飼い主も多かったそうだ。人間の立ち入り禁止期間が長引く中、放たれた牛たちが群れで行動し、捜索の消防団員らを見詰め、追う。そんな写真を見たことがある。

 牛舎の中で餓死し、骨化した牛の死骸が先日、テレビに映されていた。餓死という厳しい別れも多かったようだ。預託先を訪れた飼い主に、頬や頭をなでさせる牛も映っていた。子どもの時から、呼ぶと真っ先に走って来た牛だという。鼻の先を飼い主に擦り付けて甘えていた。「帰らないで。もっと餌ちょうだい」。牛の心と言葉を想像して、胸が熱くなった。10年という時間の残酷さ。放射線の恐ろしさ。考えさせられた。(水)

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