アイヌ民族には地震発生の前兆を感じ取る鋭い感覚が備わっていたという。しんと静まりかえった真夜中、寝床のござの下の地面から、コーンコーンと空の臼をつくような音が聞こえたならば、やがて地震が起きる。音の間隔が短ければ大きな揺れとなり、津波も襲ってくる。そうした災害の前触れを感知すると、コタン(村)のみんなで一目散に逃げる。波にのみ込まれないよう、あらかじめ避難場所も定めていた―。苫小牧駒沢大学客員教授の岡田路明さんが40年以上前に白老アイヌの古老から聞いた話だ。
岡田さんによると、同様の話は日高や道東の海沿いのまちにも残る。白老アイヌはポロト湖付近の丘などを避難所に設定。海の様子で予知した津波の規模で逃げ場所も変えるため、コタンの近くや遠くなど4カ所に設けていた。言い伝えを基に現地を調べると、いずれも海に向かって突き出る岬状の丘陵。津波が襲来しても突端で左右に分かれ、押し寄せる波の強力なエネルギーを分散させる地形になっているという。災いの気配をつかむ感性を磨き、逃げ方を代々伝え続けたアイヌの営みは、大昔の大災害を教訓にしたものだろうと岡田さんは推測する。事実、北海道の太平洋沿岸で巨大津波の痕跡が見つかっている。
記憶と教訓が途切れたとき、災害は大きなものとなる。道東沖や日高沖などの海溝沿い巨大地震の発生が迫るとされる中、過去の悲劇を踏まえた防災力がより問われている。(下)









