アイスホッケーチーム・王子イーグルスが生まれて間もない昭和初期に、チームの創設メンバーが作ったアイスホッケーの指導・戦術書が苫小牧市立中央図書館に保管されていた。約90ページに及ぶ手書きのノートで、競技ルールや外国の指導書を一語一語訳して書きつづった跡があり、およそ90年の時を超えて、氷都を生み育てた先人とまちの熱気を伝えている。
保管されていたのは「Technic of Ice Hockey」(アイスホッケーのテクニック)というタイトルが付いた縦25・5センチ、横21センチのノート。厚紙の表紙には「1934 U.Tomaki」と、刊行年と名前が記されている。
作成したのは戸巻運吉氏。1925(大正14)年にアイスホッケーの同好会を立ち上げ、翌26年「王子イーグル」を結成したメンバーの一人だ。
ノートには、北海道氷上競技連盟アイスホッケー規則、ドイツ語や英語で出版された指導・戦術書の翻訳などがびっしりと記されている。ゴールキーパーやディフェンス、フォワードの役割やフォーメーションなどの基礎、フォワードラインの抜き方や2人の敵に対する場合などといった実践プレーまで事細かだ。
アイスホッケーが始まった当初の苫小牧にはルールブックさえ無く、ほとんどが同競技を苫小牧に初めて持ち込んだ苫小牧工業学校(現苫小牧工業高校)教員で後に苫小牧町長、参院議員となる西田信一氏からの口伝えだったという。
王子イーグルは西田氏が指導する苫工アイスホッケーチームの卒業生を吸収し、まちの野球チームから防具を借りるなどの支援を受けながら力を付け、29(昭和4)年には全道大会で優勝するまでになる。この中で、ルールブックや指導、戦術書は喉から手が出るほど欲しいものだった。
ノートは32年からまとめられ始めたようで、完成したのは34年。翌35年、王子イーグルはドイツで開かれる冬季五輪の選抜を懸けた第6回全日本選手権大会で優勝し、町民を大いに沸かすことになった。「戸巻ノート」はこの快挙に大きな役割を果たしたと思われる。
20日からの栃木日光アイスバックス戦(東京・ダイドードリンコアイスアリーナ)に、アジアリーグジャパンカップ優勝が懸かる王子イーグルス。「戸巻ノート」とその周辺の出来事は、同チームが発足当初から、まちの人々の熱い期待を担いながら育ってきたことを示している。新年度から、地域が支えるクラブチーム「レッドイーグルス北海道」に生まれ変わる。





















