1995年に保護司に任命され、罪を犯した人たちの更正、再犯防止に尽力した。白老町と登別市を管轄する登別地区保護司会の副会長も務め、活動をけん引した。
知人から頼まれて保護司になった。以降、青少年から高齢者までさまざまな人と向き合い、相談に乗り、親身に寄り添いながら更正へ導いた。時には就職先も紹介し、社会復帰への背中を押した。「立ち直ってくれることが私にとっても大きな喜び。元気に働いているという話を聞けば、うれしくてたまらなくなる」と話す。
保護司になった年、高校生の長男を亡くした。「長い間ご苦労さま―と、褒章は息子が与えてくれた気がしてならない」。今年11月で退任し、活動を終える。「保護司の仲間、地域、妻の支えがあってやってこられた」と感謝する。
















