アイヌ新法の理念

アイヌ新法の理念

 「私たちアイヌ民族は日本政府の目には決して存在してはならない民族でした。しかし、私は幽霊ではありません。皆さんの前で今しっかりと立っています」。白老町で暮らし、北海道ウタリ協会理事長を務めた故野村義一さんが1992年12月、ニューヨークの国連本部で演説した有名な一節。日本にも先住民族が存在し続けていることを世界に訴えた。

 明治以降の同化政策で独自の言語や伝統の営みを奪われ、不当な差別と偏見の苦しみを味わったアイヌ民族。尊厳の回復と消えゆく文化の復興に生涯をささげた野村さんの尽力は、国連での名演説から四半世紀を過ぎた2019年5月、アイヌ民族を先住民族として初めて法的に位置付けたアイヌ施策推進法の施行に結実した。

 先住民族の誇りの尊重と差別の禁止をうたう新法の始動から2年たったが、果たして社会は法の理念に近づいていると言えるかどうか。3月には日本テレビの情報番組でアイヌ民族を動物に例える極めて不適切な発言があり、民族の血筋の人々を深く傷つけた。新法はなぜできたのか、その理解が社会で共有されていないことを物語る出来事だった。苦難の歩みに対する無知は時に差別を生む。悲しみの歴史を正しく伝える役目を担うのが、白老町に造られた民族共生象徴空間(ウポポイ)のはずだ。新法の扇の要として誕生し、7月で1年を迎えるウポポイ。本領発揮を野村さんも天から期待していることだろう。(下)

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