苫小牧市遺族会が70周年、記念誌「追想」あす発刊 「平和の尊さ訴え続ける」

苫小牧市遺族会が70周年、記念誌「追想」あす発刊 「平和の尊さ訴え続ける」
忠魂碑の清掃活動に励む会員たち

 第2次世界大戦の戦没者遺族で構成する苫小牧市遺族会(三海幸彦会長)は今年、発足70周年を迎えた。この節目に初めての記念誌「追想」を作成し、15日に発刊する。高齢化により会員数が右肩下がりで減少する中、三海会長は「やれる限り平和の尊さを訴え続けたい」と語る。

 同遺族会は1951年4月に発足。戦没者の慰霊とともに、恒久平和を求め福祉の向上を目指す団体。苫小牧市は太平洋戦争で631人が戦死しており、三海会長は「遺族の生活を精神的に支えるために結成した」と語る。

 54年には日中戦争と太平洋戦争の戦没者を合祀(ごうし)するため、緑ケ丘公園内に忠魂碑を建立した。94年には遺族会相談員を配置し、遺族の生活にまつわる相談に応じた。2014年4月に苫小牧市遺族会会報の発行を開始。今年7月末現在まで33回発行されている。

 終戦70年を迎えた15年7月14日、忠魂碑の整備事業を市に要望。案内板の設置と敷地内の整備が行われた。同年10月には記念事業として、戦中・戦後の証言映像や写真などの実物資料を苫小牧市民活動センターの市民ギャラリーに展示するなど、70年にわたって活動してきた。

 一方で、活動の中枢を担う会員たちの高齢化に伴い、遺族会の人数減少が課題となっている。1980年代前半には600人を超えていた会員数も90年に500人を切り、2006年は393人、15年は189人、21年は110人と減少の一途をたどる。東胆振全体でも同じ傾向が見られ、安平町の遺族会は13年3月末に解散。むかわ町、白老町、厚真町の各遺族会も、年々減る会員数に頭を悩ませている。

 遺族会の存在意義について、西内一幸副会長は「活動には参加しないが、『夫の供養のために生きているうちは入り続けたい』という会員もいる。遺族会は戦後を生きた人の苦労を語り継げる」と話す。三海会長は「存在自体が遺族にとって心の支え。戦後、会を通じて遺族同士が支え合ってきた」と語り、「日本もかつて戦争をして悲惨な目に遭ったことや、今日の平和がいかに尊いかを若い人にも訴えていかなければならない」と力を込めた。

 11日には忠魂碑の清掃が行われた。会員10人のほか、苫小牧市と市社会福祉協議会から計5人が参加し、戦没者へ思いをはせながら清掃に汗を流した。

 記念誌「追想」は昨年10月に編集作業を始めたが、創立後14年間の記録が残っておらず、編集委員長を務めた西内副会長は「非常に骨が折れた」と振り返る。同会が歩んだ道のりや記録の集大成で、三海会長と西内副会長は「次世代に継いでいくことが大きな使命」と声をそろえた。

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