責務

責務

 朝夕の空気が日ごとに冷たくなっていく。高山では紅葉が進み、晴れた青空に浮かぶ雲が美しい季節。各地の川にサケがのぼっている。

 平取町二風谷に生まれて、アイヌ民族初の国会議員になり、2006年5月、79歳で亡くなった萱野茂さんの書いた小学校入学前の秋の日の記憶「罪人にされた父」冒頭を思い出す。

 7月出版の朝日文庫「完本 アイヌの碑(いしぶみ)」にも所収されている。ある日、長いぴかぴかの刀をさげた巡査が家に来て父に「行くか」と言う。父は板の間にひれ伏し「はい、行きます」。両眼から大粒の涙がぽろっぽろっと落ちた。父は鮭の密漁で逮捕された。わたしたち兄弟や近所のお婆さんたちに、さらに神々にも食べさせていた鮭はそのころ獲ってはいけない魚。父は巡査と一緒に平取のほうへ歩いて行く。わたしは「行ってはだめーっ、行くんでないよー」と追いかけました。父の手にすがりつき「おれたち何を食うのよ」と泣きさけびました。おとなたちが「泣くんでない」と言いながら、わたしより激しく泣いていました―。

 十勝管内浦幌町のラポロアイヌネイション(旧浦幌アイヌ協会)が、「アイヌ民族には地元の川でサケ漁を行う先住権がある」として国と道に確認を求めた裁判の公判が続く。16日には第5回の口頭弁論が行われたが対立は深い。先住民が、どんな辱めに涙を流し絶望を味わってきたか。考えるのは、裁判所だけの責務ではないだろう。(水)

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