「教育的配慮」という言葉をスポーツ取材の現場で初めて聞いたのは、昨年の高校サッカーの大会だった。試合終盤、追加時間の掲示が1分遅れたことで、選手や監督が考えていたより早く試合終了のホイッスルが鳴った。
大会規定上、追加時間の表示に遅延があっても試合は成立するが、劣勢だったチームの申し出により1分間の延長が認められた。結果に変わりはなかったが、3年生にとっては集大成の舞台だっただけに、納得した選手の表情が印象的だった。
新型コロナ禍の中、東京五輪・パラリンピックが開かれた一方で、修学旅行などの学校行事の取りやめが相次いでいる。「五輪はやっていたのに」。子どもがそう考えても不思議ではない。
五輪開催と緊急事態宣言を併行させたことが感染拡大だけでなく賛否による分断を生んでいないか検証すべきだ。矛盾を感じさせない配慮は教育的にも必要なはず。児童生徒にとっての「一生に一度」は軽くない。(翔)
















