言葉

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 年齢のせいもあるのだろう。ふと聞こえた言葉に考え込むことが増えた気がする。短く鋭く、時代を切り裂くような言葉に立ち止まる。

 年金生活の親が経済の柱となって、職業にも家族にも巡り合えなかった高齢に近づく子どもと暮らす「8050問題」は、いつごろからの言葉か。子どもが、病死した親の遺体と何カ月も暮らしていた―。餓死者の財布には数円の現金―。そういう種類のニュースは、もう珍しくない時代。福祉の手も近隣同士の助け合いの心も届かない所に生きる人たちの多さを思う。

 老いた者が不自由な体で老いた連れ合いなどを世話するのは「老老介護」。新型コロナ感染が拡大、医療の隙間が広がって高齢者をのみ込む。先日のテレビで「認認介護」という言葉を初めて聞いた。認知症を患う人は今後ますます増えるという。互いの失敗を笑い合う時代が過ぎて、やがて認識の欠落や行動の危険がもっと大きくなった時に手を差し伸べるのは誰か。

 「コロナ禍」は怖い。子どもたちの育つ環境も大きく変わっている。文科省の調査結果が先日報道された。自殺や不登校が大きく増えた。いじめは減ったが休校などで関わりが減っただけ。寂しい、助けてと叫ぶことのできない世代が増え、そこへ「第6波」の恐怖が加わる。

 衆議院選挙が19日公示、31日投開票の日程で行われる。歩道脇などに政党の新しいポスターが立ち始めた。どんな言葉が並び、私たちを導くのか。(水)

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