今年3月に閉館した支笏湖ユースホステル(YH)=千歳市支笏湖温泉=の解体作業が進んでいる。建物はすでに姿を消し、作業は来年1月末までに完了予定だ。2007年4月から閉館までの14年間、5代目の管理人を務めた吉川英之さん(66)は「寂しい気持ちはあるが閉館後、かつてのお客さんらが頻繁に会いに来てくれており、(YHを)失った実感がなかなか湧かない」と語る。
1955年開業の支笏湖YHは、日本ユースホステル協会直営の全国第1号の宿泊施設として誕生。本道を代表する建築家の田上義也(1899年~1991年)が設計した。木造2階建ての旧館とその奥に立つ新館から成り、玄関部分の赤い大屋根は長年、支笏湖のシンボルとして親しまれたが観光客や合宿の利用が大きく減り、建物も老朽化したため閉館した。
主な利用層は学生をはじめとする若者らで年間宿泊客数は70年代のピーク時に約2万8000人を数えたが、年々減少。新型コロナウイルスの影響もあり、昨年度は1500人だった。
吉川さんが同協会から委託されていた管理人の仕事はボランティア。建物は老朽化が進んでいたがかつて設備関連の会社で働いていたこともあり、電気関係の軽微な修繕は自ら手掛けてきた。
近年は主に道路整備工事の作業員らが宿泊し、「利用者数が少なくなったとはいえ、3食すべて提供するなどし忙しい毎日だった」と言う。
父の英一さん(故人)は同協会の専務理事を務め、施設の建設、運営に関わった人物。YHは若い時に病気がちな姉を亡くした場所でもあり、「苦労に耐えられたのは、家族の面影を感じられる場所だったからかもしれない」と振り返る。
重機による解体作業が始まった10月下旬ごろから、手持ちのスマートフォンで作業風景の撮影を続ける吉川さんは「毎日、休みなく働いてきたので多忙な日々から解放され、今は晴れ晴れとした気持ち」と打ち明ける。
管理人業務の傍ら、1986年から36年間、温泉街で喫茶店「ログベアー」を経営。YH閉館から半年たち、建物はすっかり姿を消してしまったがコロナの感染状況も落ち着き、吉川さんの店にYHの往時を知る客が少しずつ戻ってきているという。
「今もお客さんが自分と施設をつないでいる。昔を知るお客さんが店を訪ねてくれる限り、失った実感は湧かないと思う」と話す。
同協会から建物を買い受けた道内ホテル大手、鶴雅ホールディングス(釧路)傘下の鶴雅観光開発(同)は、跡地に新たな宿泊施設を建てる計画だ。





















