北海道の人流と物流の拠点として経済や産業、暮らしを支える苫小牧港は29日、フェリー就航50周年を迎える。半世紀でフェリー約11万隻が行き交い、累計約3000万人の旅客を受け入れるなど、本道の海の玄関口として重要な役割を担ってきた。新型コロナウイルス流行を踏まえ、人を集める記念行事は控えるが、関係者は節目を祝福しながら、今後のさらなる発展を見据えている。
苫小牧港のフェリー第1船は1972年4月29日、苫小牧―東京航路(2007年廃止)に就航した商船三井フェリー前身の日本沿海フェリー「しれとこ丸」(7862トン)。着岸は当時の石炭専用埠頭(ふとう)の一角、現在の東埠頭4号岸壁に設けられた仮埠頭だった。旅客498人、乗用車129台、トラック50台、シャーシ10台を運び、入港時は船長への花束贈呈などセレモニーも行われた。
苫小牧市は札幌市に近い地の利もあり、フェリー航路が続々と開設された。73年に苫小牧―仙台―名古屋、苫小牧―青森県八戸、85年に苫小牧―茨城県大洗、99年に苫小牧―秋田―新潟―福井県敦賀と、港湾整備の進展に合わせて就航。現在は商船三井フェリー、太平洋フェリー、川崎近海汽船、新日本海フェリーの4社が計7航路を運航する。
苫小牧港開発の石森亮会長は就航当時について「市民や関係者が『長距離カーフェリー時代の幕開け』と待ち望んでいた」と説明する。フェリー旅客数は、初年度約6万1544人だったが、4年後の75年には年間50万人を超えるなど右肩上がりで伸び、2004年にピークの92万4208人を記録。過去2年間はコロナ禍により年間50万人台と低迷しているが、石森会長は「現在の北海道にとってフェリーは重要な物流インフラ」と話す。
フェリーの取扱貨物量も順調に増えた。1972年は110万1293トンだったが、75年に初めて1000万トン超に。2006年にはピークの6173万250トンに達した。太平洋と日本海の両航路を通して本道の農水産物を全国に送り出し、道民生活に関わる品々を運び入れる。道内と本州の物流の9割以上が海上輸送で、その過半数が同港を経由しているとされる。
苫小牧港管理組合の平沢充成専任副管理者は時代転換期に迎える就航50周年に「(フェリーは)人流、物流を支える重要な役割を果たす」と強調しつつ、「コロナで旅客数が回復せず厳しい状況だが、フェリーは快適で地球環境に優しい」とアピール。石森会長も「苫小牧港と新千歳空港のダブルポートやカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出ゼロ)ポートの推進にも力を入れる」と言う。
苫小牧では道内初のカーボンニュートラルポートに向けた動きや、商船三井(東京)などによるフェリー無人運航の成功、LNG燃料フェリーの就航(2025年予定)など最先端の取り組みが進む。同社苫小牧支店の安生秀明支店長は前身の沿海フェリー時代最後の入社組。「このような節目に苫小牧に居合わせて感謝したい。フェリーの魅力周知に力を入れたい」と改めて使命感に駆られている。





















