知床半島沖で起きた観光船「KAZU 1(カズワン)」の沈没事故で2日、第1管区海上保安本部(小樽市)が関係先の家宅捜索に着手した。多くの犠牲者を出した責任の所在を明らかにする捜査が本格化した。
オホーツク管内斜里町にある運航会社「知床遊覧船」の事務所には午前9時45分ごろ、2台の車が到着。強い雨が吹き付ける中、背中に「海上保安庁」と書かれたジャンパーを着た男性が、段ボール箱や書類を手に次々と中へ入った。
「捜索か」などの問い掛けには応じず、無言のまま建物の中へ。入り口のカーテンは閉められ、内部の様子はうかがえなかった。捜索は午後8時すぎまで約10時間続き、職員らは押収品が入ったとみられる段ボール箱6箱を車に積み込んだ。
桂田精一社長(58)は午後1時すぎ、裏口から事務所に入った。捜索に立ち会ったとみられ、約2時間半後に再び姿を見せた。報道陣が「どんな話をしたのか」などと質問したが対応せず、車に乗り込んで事務所を後にした。
近くにある別の観光船運航会社の男性は「事故が起きてしまった事実は変わらないが、事実関係を明らかにするため、しかるべき捜査には従わなければ」と話した。
午後0時20分ごろには、同町にある桂田社長の自宅にも海保の男性職員2人が捜索に入り、午後1時すぎに終了した。
引き揚げ必須で捜査長期化 出航時 事故予見焦点に
海上保安庁は2日、運航会社などを家宅捜索し、業務上過失致死容疑などでの立件を視野に捜査を本格化させた。事故当日の出航判断を中心に過失の有無を調べるが、原因の特定は船体を引き揚げなければ難しく、捜査は長期化する見通しだ。
捜査の最大のポイントとなるのは、出航判断時に事故発生の可能性を予見できたかだ。運航会社側は、出航時の港内の波が0・5メートル以上の場合や、航行中に1メートル以上になると予想される場合は欠航するという基準を定めていた。出航前には波浪注意報が出され、波の高さは3メートル以上と予想されたが、桂田精一社長らは出航を強行していた。
桂田社長は乗客家族らに対し、「出航前の港内の天候は基準を満たしていた」と説明している。海保は出航判断の詳しい経緯について社長らから事情を聴くとみられる。
「KAZU 1(カズワン)」は昨年6月に座礁事故を起こし、船体を損傷させていた。事故前に通信手段を衛星電話から携帯電話に変更申請していたことも判明している。ただ、事故直前にあった代行機関による国の検査で、船体の問題点は指摘されず、携帯への変更も認められていた。海保は、航路上で携帯の通話が可能だったか確認を進める。
過失責任の判断には事故原因の特定が前提となる。カズワンは「船首が浸水し、エンジンが使えない」と救助要請したが、消息を絶つまでの間、事故原因に直結するやりとりは確認されていない。
原因究明には沈没した船に損傷があるかどうかなど、詳しい状態の確認が重要となる。海保は船体が位置する水深約120メートルの海底付近に潜水士を送ることができる民間業者と契約。行方不明者の捜索を実施した上で、船体の引き揚げを検討する。
運航会社「義務果たさず」 両親と弟犠牲の男性
知床半島沖の観光船沈没事故で両親と弟を亡くした兵庫県の30代男性が3日までに報道各社の代表取材に応じた。運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(58)について「やるべき義務を果たしていない」と安全対策の不備を指摘し、海上保安庁による原因究明に期待を寄せた。
男性は4月24日未明、道警からの電話で父の竹川好信さん(66)、母生子さん(62)、弟有哉さん(33)が乗船していたことを知った。ショックで一睡もできず、しばらく食事がのどを通らなかった。
斜里町の体育館で両親の遺体と対面し、本人と確認した。事故時の2人の気持ちを知ろうと、近くの砂浜まで行って海水に足を漬けると、「痛いくらい」の冷たさだった。その後、有哉さんの遺体も見つかった。
家族向けの説明会には、好信さんが旅行に持参し、レンタカーに残されていた服を着て参加した。「父と一緒に(説明を)聞いて、真実を明らかにしたい気持ち」だったという。
しかし、桂田社長の説明はあやふやで納得できる内容ではなかった。次第に「隠しているというより、知らないんだな、ということがよく分かった」という。運航ルールの順守も「当日だけできていなかった」と、普段は徹底しているかのような発言があり、不信感を募らせたと振り返る。
「何でそんな悲しい目に遭わないといけないのか」。説明会では他の家族の話を聞き、涙が止まらなかった。海保が業務上過失致死容疑で運航会社の強制捜査に乗り出したことについて、「安全でないのに、安全かのように振る舞っているので当然だ」と語気を強めた。
不備認める文書配布 運航会社社長 乗客家族側に
観光船「KAZU 1(カズワン)」が沈没した事故で、運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(58)が社内の連絡体制などの不備を認める文書を乗客家族側に配布していたことが2日、分かった。文書によると、桂田社長は事故当日、病院に行くため事務所におらず、法律で定められた運航記録もしていなかった。同社長は「無責任な対応により重大な事故を発生させた」と記している。
海上運送法に基づく同社の安全管理規定では、船長が運航管理者に対し、決められた地点に達した時に通過時刻や天候、風速、波浪などについて連絡する必要がある。家族側に配布された文書によると、同社の運航管理者は桂田社長だが、事故が発生した先月23日、これらの連絡を豊田徳幸船長(54)から受けて記録する作業を行っていなかった。
運航管理者は航行中、原則事務所にいなければならないが、桂田社長は病院に行っていたため事務所を離れていたという。代わりに事務所で連絡を受ける運航管理補助者の社員も事故当日はいなかった。桂田社長は「船舶の運航などについて社員に任せている部分が多く、私自身の運航管理者としての自覚も足りなかった」との認識を示した。
















