出面

出面

 「出面さん」。懐かしい言葉を北海道新聞の読者投稿欄で読んだ。養殖ホタテ稚貝の耳つり作業をしているという道南の75歳の女性が「初めて聞いた―」と投稿した。

 1983年出版の石垣福雄著「北海道方言辞典」(北海道新聞社)には「日雇い労働者 デメンともいう。面(顔)さえ出せば金がもらえる」と、やや失礼な語釈も。後志管内余市で採録されており、関連方言として岩手の「デメン、労働賃金」の記載がある。多くの北海道弁と同じく、開拓期に東北地方からの入植者と共に北海道へ渡り、広まった言葉かもしれない。

 胆振の東端の水田地帯で生まれ育った。漁業でも出面さんが活躍していることを知らなかった。水田農家の田植えや稲刈りは今、機械化されているが、機械のない時代は農家にとって、短期間に終わらせなければ収穫量や品質に重大な影響を及ぼす大切な作業だった。そんな時代に活躍したのが出面さんだ。

 育った町には戦後しばらく、炭鉱があり、近くには坑内員の住む木造平屋の長屋「炭住」があった。そこの奥さんたちが、季節が来ると出面さんに変身し農作業を担った。バイトさんでもいいのだが、そんな言葉はまだ使われていなかった。農業や漁業がいろんな人たちの支えを得ながら続けられた、温かい関係のあった時代が懐かしい。

 ほんの数文字の方言を反すうしていると耳の奥から、朝夕の出面さんの元気な話し声がはっきりと聞こえてきた。(水)

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