苫小牧市柏木町の上田正一さん(73)は亡き父、正さんの遺品の中から見つかった日の丸の出征旗と千人針を大切に保管している。実父が戦地に送り出される寸前だったことを物語る形見の品だ。本人から直接、戦時中の体験談を聞いたことはなかったがかつて日本が戦争した歴史を伝え、恒久平和を訴えるために役立てたいとの思いを強くしている。
出征旗と千人針は10日、上田さんが運営する私設文庫「ピッピ文庫」と朗読サークル「花音の会」が終戦記念日を前に企画したイベント「あの日のことを絵本と朗読で語る会」の会場となった市立中央図書館で初披露された。
出征旗は縦65センチ、横93センチ。1924年に鵡川町(現・むかわ町)の農家に生まれた正さんは、41年9月から国民徴用令で神奈川県横須賀市の軍艦などを造っていた海軍工廠(こうしょう)に勤務しており、その頃の上司や仲間が寄せ書きしたものとみられる。
当時、20歳前後だった正さんに向けて、国の恩に報いることを意味する「尽忠報国」、七度生まれ変わって国に忠誠を尽くす「七生報国」、戦場での幸運が長く続くことを願う「武運長久」などの勇ましい言葉が並ぶ。
千人針は長さ2・4メートル、幅最大14センチの布に赤糸で多くの縫い玉が作られ、死線や苦戦を乗り越えてほしいという願いが込められた5銭や10銭の硬貨も縫い込まれている。
結果的に正さんは、出征前に終戦を迎えて帰郷。戦後は農家などとして働き、2006年1月に亡くなった。それからしばらくして遺品整理した上田さんは父の柳行李(やなぎごうり)の中から出征旗と千人針を見つけ、「父も生と死のぎりぎりを生きてきたんだ」と実感。「家族にも戦争の話は一切しなかったが、出征旗と千人針を大切に保管していた気持ちを考えた」と語る。
10日のイベントで公開を決めたのは戦後77年で、戦争体験を語ることができる世代が減る中、実物資料を間近で見る機会の重要さが増すと感じているからだ。会場には年配の出席者が多かったが、「初めて見た」と口にする人もいたという。
上田さんは今後、希望者がいればこれらの貸し出しに応じる考え。「日本も昔、他国に攻め込んだ歴史がある。(出征旗などは)それを証明する資料の一つで、きっと目に訴えかける力がある」と信じている。
















