2018年9月6日に発生した胆振東部地震から4年。最も大きな被害を受けた厚真町で生まれ育ったシンガー・ソングライターの小寺聖夏さん(26)は、歌を通じて「町の人と同じ気持ちになって、成長していきたい」と決意を新たにしている。震災翌年の9月6日に、古里のために手掛けた復興ソング「羽」を発表。悲しみや切なさ、希望など町民の思いを歌詞に込め、決して忘れることのない、風化させてはいけない記憶として曲に乗せて届けていく。
「最大震度6強 胆振地方中東部」。発災当時、東京都内にいた小寺さんは携帯電話の緊急地震速報のブザー音が鳴ったのを受け、画面を見るとその内容に目を疑った。実際は厚真町で震度7を記録した大地震。心配して家族へ何度もメールを送ったが、返信が来ないまま1日がたっていた。
その後、連絡が取れ、自宅にいた両親や町内の友人らの無事を確認できたが年末に帰省して変わり果てた町の姿を見た時は「怖かった。地球が滅びてしまうのでは、一歩踏み出したら、地の底に落ちてしまうのでないかと思うくらい衝撃的だった」と振り返る。炊き出しを手伝い、町民に当時の話を聞いた。
“真っ暗、ここはどこ、胸に突き刺さる風 涙すら出ない絶望を見た(中略)愛と希望と温もりがひとつになった優しさを 僕は今日失った”
厚真中学校を卒業後、上京。道内と東京を行き来しながら、音楽活動を続けてきた小寺さん。いつも応援してくれる町の人のために何ができるかと考えた時、自分にできることは曲を作ることだった。“こぶしの木”“鶯(うぐいす)”など地元を連想させる用語を要所に入れながら、自らまちを歩いて目の当たりにした光景や町民から聴き取った複雑な胸の内を歌詞に盛り込んだ。
“厚く厚く守った真が迷わずに残った もう大丈夫… 誰もが一人の涙を拭いてる 愛と希望と温もりがひとつになった優しさを 僕は今日も探してる”
制作に約半年をかけた9分にも及ぶ大作。前半は発災直後のまちの雰囲気や町民のやるせない気持ち、中盤では今と、自身の思いも交えて表現した。「どこも外すことはできない。(強調する部分が)どこだって聞かれたら全部」。最後には悲しみから立ち上がる希望をつづった。
リリース後に流行した新型コロナウイルスの影響でお披露目する機会をなかなか得られなかったが、今年1月に地元で単独の凱旋(がいせん)コンサートが実現したほか、7月下旬には「あつま田舎まつり」で野外ライブを開催。「歌いやすくて、地球の裏側まで届けるくらい」の思いで歌った。「曲を聴いて元気になってほしいとかではなく、一緒に涙を流して、一緒に強くなろうという気持ち」を込めて歌い続ける。



















