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 「ふるさとは 遠きにありて思ふもの―」。長男が小学生の時、担任のI先生に室生犀星の詩を教えてもらった。父の仕事の関係で5度目の転居が近づいた頃のこと。

 先生は、幼い時から何度も友人と別れてきた転校生に「大切なふるさと」を考えてみてほしかったのかもしれない。帰宅した長男が詩を見せてくれた。

 自分が、この詩を初めて読んだのは確か10代の後半だった。ふるさとから遠く離れ過ぎて寂しく、この言葉を心の中で禁句にしていた時期だったかもしれない。詩は「―そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても 帰るところにあるまじや」と続く。インターネットに教えてもらった。言葉の一つ一つが今も心に刺さる。

 「ふるさとは遠きに―という詩を覚えている?」。思いついて、遠くに住む子育て中の息子に電話をかけ聞いてみた。「全部は無理だけど、途中までなら覚えているよ。I先生のことも忘れてない」。子どもの記憶する力の大きさに驚かされた。

 少子化が進む。一方で子どもが犠牲になる虐待や育児放棄による悲惨な事件や事故は増えるばかりだ。手元の新聞の切り抜きを見ると、2021年度に全国の児童相談所が対応した虐待の相談件数は20万7659件を数え、1990年の集計開始以来、31年連続の増加という。

 子どもたちの心に、どんな記憶を残すのか。その多くは親や周囲の大人の責任なのだ。(水)

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