通っている病院では、看護師さんらから日に何度も名前と誕生日を聞かれる。本人確認の徹底のほかに、認知症の点検も兼ねているのだろうか。そんなことも考えながら何度でも素直に答えている。
10年ほど前、母の認知症の検査に立ち会ったことがある。検査の概要を何かで読み、自分は長い引き算は苦手―などと考えながら判定に臨んだ。母の検査は雑談も交じって和気あいあいの雰囲気だった。一つ気になったのは母の「時間稼ぎ」だ。質問に、答えではなく質問で応じることが何度かあった。「きょうの日付を言ってください」という質問に「いつ?」と聞き直しながら、心細げに、助けを求めるように息子の目を見た。
アルツハイマー型認知症の治療薬誕生が近いという。先日の新聞、テレビで大きく報道された。認知症の患者は世界に5千万人いるそうだ。しかし進行を遅らせる薬はあっても治療薬はなく患者や家族、医療関係者を長く長く待たせていた。昨年アメリカで誕生した薬も効果に疑問の声が上がり、普及が進んでいない。新薬は日本の製薬大手エーザイの「レカネマブ」。日米欧で行った治験の結果、効果が確認できたという。2023年中の承認を目指す日程だ。
母は転んで骨折して入院。結局、認知症と診断された。思い出せず、決められず、自信を失って「情けない」と泣いた母の顔を思い出す。治療薬があれば最期まで孫やひ孫の名を呼べたろうか―。改めて思う。(水)









