1977年9月、厚真町浜厚真の国道で発生した大型トラックのひき逃げ事件で、父親の中田貢さん=当時(47)=を失った宮城県多賀城市の主婦上関きよみさん(60)が先月、46年の時を経て初めて現場を訪れた。父の最期となった場所で手を合わせたい―と長年募らせていた願いがかない、二度と同じような悲劇が起こらないよう祈った。長い時間がかかったのには、家族の悲しみの深さと東日本大震災があった。
事件は77年9月20日午後3時20分ごろ、浜厚真の国道235号沿いの草むらに男性が倒れているのを近くに住む中学3年の男子生徒が発見し、通り掛かったパトカーに伝えた。苫小牧署は大型トラックの部品とみられる遺留品が散乱していたことから、ひき逃げ事件とみて捜査。7日後に千歳市の20代男を道交法違反の疑いで逮捕した。
中田さんは宮城県石巻市の自宅に家族を残し、厚真町に単身赴任中だった。自衛官を経て作業船舶の運航会社に就職し、苫小牧港・東港の防波堤工事に携わっていたという。突然の悲劇に、長女で中学2年だった上関さんの生活は一変した。「母はショックで家庭を顧みなくなり、自分も家に帰らず不良仲間と過ごす時間が増えた」と振り返る。しかし友人に「いつまでもそんなことしていたってお父さんは帰ってこないよ」と諭され、「どうにか改心した」という。
その後、24歳で結婚した上関さんは3人の娘を育て上げ、60歳を迎えた。夫に「還暦のお祝い」は何がいいか尋ねられ、父が亡くなった場所でお参りしたい―と明かした。しかし、石巻市の実家は震災で津波に流され、父の遺品や写真などの事件に関する資料はすべて無くなっていた。
上関さんはどこを訪ねたらいいかも分からない状態で、同署や苫小牧民報に相談。事件の記事が見つかり、当時中学生だった第1発見者の男性(61)と連絡を取ることができた。電話で発見時の状況を細かく聞き取るうちに、親族からぼんやりと聞いていた記憶が少しずつよみがえった。
夫と共に現場にたどり着いたのは10月6日。道路脇には雑草が生い茂り、「こんな寂しい場所だったのか。誰も助けが来ない中で悔しかったんじゃないかな」と胸が締め付けられた。それでも半世紀近く抱えてきた願いが実現し、「見つけていただいて本当にありがたかった」と改めて男性への感謝を口にした。そして「もう二度と、こうした不幸が繰り返されませんように」と合わせた手に力を込めた。



















