元日に能登半島を大きな地震が襲った。道路が寸断されて救援の手が届きにくい地区も多く、水や電気のない中での不自由な生活が長く続いたところもある。
テレビのニュースを見ていたら、そういった地区からもう少し状況のいい場所への避難が進められている、という話が出てきた。それを「二次避難」と呼ぶらしい。
暖房やお風呂があるところに移れるのを誰もが喜んでいると思ったら、どうもそうでもないようだ。高齢の女性が「ここにいれば知ってる人ばかりだし、みんなと助け合える。二次避難をしたらバラバラになる。私は移りたくない」と言っていた。
穂別の診療所での雑談でその話題を持ち出したら、高齢の女性患者さんが「分かるよ」と自分のことを話してくれた。「ここの地震(胆振東部地震)のあと娘から埼玉に来なさい、と言われたけど断ったもの。隣近所の人たちと毎日、『だいじょうぶ?』『困ってることない?』と声を掛け合うなんて、向こうに行ったらできないからね」。経験談ならではの重みを感じ、私は深くうなずいた。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。衣服や食糧といった生きるために必要なものが十分にあって初めて、人は礼儀や節度に心を向ける余裕ができる、という意味だ。私は、これは間違っていると思う。
能登の人たちも穂別の人たちも地震で大変な状況となり、電気や水道が止まったり、道路が通れなくなったりした。まさに「衣食が足りなくなった」のだ。ところがそういう中でも、みんなお互いを思いやり、自分より大変な人のために毛布や食べ物を差し出し、励まし合って過ごした。二次避難をして環境のよい避難所に行けたからといって、そこにも同じような人と人との結び付きがあるかどうか分からない、だから行くのをためらってしまう、と能登の人たちが話すのも当然だろう。
衣食が足りなくても、いや衣食が足りないからこそ、礼節など人間としての豊かな心を大切にしよう、とする人たち。モノが豊かにあることより、人と人との結び付きが大切、と思う人たち。人間ってすごいな、と改めて驚かされる。
とはいえ、つらい避難生活を続けている能登の被災者には、早く手足を伸ばしてゆっくり寝られるアパートや仮設住宅などで過ごしてほしいと思う。北海道の人たちも、もちろん大きな地震を経験した胆振東部の人たちも、みな応援している。
(むかわ町国保穂別診療所副所長、北洋大学客員教授)
















