ノーベル平和賞に被爆者の全国組織、日本被団協が決まった11日、非核平和都市条例を持つ苫小牧市で長年平和活動に取り組んできた人たちや市民らからも喜びの声が上がった。戦後80年を前に、核兵器廃絶の実現への期待が広がった。
市は「日本被団協のノーベル平和賞受賞を心からお祝い申し上げます。非核平和都市条例を持つ苫小牧市といたしましても励みになるニュースであり、恒久平和の実現に向けて取り組みを進めてまいりたいと考えております」とのコメントを出した。
原水爆禁止苫小牧協議会の篠原昌彦理事長(71)=白金町=は「地道に核兵器の非人道性を訴えてきた被団協の活動を世界が評価したことを大変喜んでいる」とし「これをきっかけに日本政府は核兵器禁止条約に批准し被爆国として、核兵器の廃絶に向けリーダーシップを発揮してほしい」と述べた。
毎年8月、市内の高校生と一緒に被爆者が書いた詩や作文を朗読し、非核平和の実現を訴えてきたヒロシマナガサキを語り継ぐ会の舘崎やよい代表(83)=三光町=も「日本被団協の努力が世界に認められるのは喜ばしい」と歓迎。「平和をつくるのは、私たち一人ひとり。(受賞を)核廃絶に向けた実効性のある力にしなければならない」と気を引き締めた。
長年の活動を通じ被爆者から直接、悲惨な体験を聞く機会もあったといい「核兵器は地獄そのもの。それを知っていながら、今なお懲りずに核兵器を使おうとしている人がいる」と指摘。「私たちも受賞に元気をもらい、これからも平和の尊さを語り続けていきたい」と力を込めた。
ぴーすぷろじぇくと苫小牧の榎戸克美共同代表(77)=泉町=は「もっと早く受賞してもよかったのではと思う半面、世界情勢がきな臭くなっている今、日本被団協の歩みが評価され、受賞できたことに納得もしている」と話す。
同団体は平和の願いを広げる「イマジンコンサート」を続けており、今年も19日、地元の小中学生らを合唱ステージに迎えたコンサートを企画。「平和の大切さを次の世代に伝えるため、自分たちは活動してきた。受賞は次世代に歴史をつなげる上で、とても有益なきっかけになる」と強調する。
錦岡の写真家菊地絵美さん(42)は、祖母が長崎市で被ばく。「祖母から生前、動物が焼ける臭いを避け、鼻と口をタオルで覆って瀕死(ひんし)の人たちの『助けて』という声に耳をふさいで逃げたエピソードを聴いた」と回顧。「現在も核を持つ国があることを思うと、何とも言えない気持ちになる。本当なら、まず(既に他界した)被ばく者らに受賞を知ってもらいたかった。これを機に核廃絶に向けて世界が前進してくれれば」と願った。
苫小牧出身の映画監督稲塚秀孝さん(74)=東京在住=は広島、長崎両市で原爆に遭った「二重被爆者」を追ったドキュメンタリー映画を制作した際、被団協の助けも借りた。受賞について「否定的な意味ではないが、今さらとも思う。被爆者はもう10万人ほどとなり、じかに話を聞くのが難しくなっている。残された記憶、記録をどう生かすのかを考える機会になれば」と語った。
















