元苫漁協組合長 山田正儀さん死去 市内に惜しむ声広がる

元苫漁協組合長 山田正儀さん死去 市内に惜しむ声広がる
山田正儀さん

 1985年から14年間、苫小牧漁業協同組合の代表理事組合長を務めた山田正儀さんが10日に94歳で死去し、苫小牧市内には惜しむ声が広がっている。資源管理型漁業の推進や千歳川放水路計画反対などで強力なリーダーシップを発揮した山田さん。関係者は「苫小牧の漁業になくてはならない人だった」などと故人をしのぶ。

 山田さんは、44年から漁業に従事。同漁協では監事、理事を経て85~99年に組合長を担った。ホッキやホタテなどの資源管理型漁業を力強く推進。92年の洪水後は水産資源の回復に尽力し、千歳川放水路計画には漁業者の立場から一貫して反対した。

 長年、山田さんと二人三脚で働いた同漁協元専務理事の三上稔さん(79)は「非常に実行力があり、人のために労力を惜しまなかった」と強調。錦多峰さけますふ化場開設など「数え切れないほど漁港区の発展に尽力した」と話す。現組合長の伊藤信孝さん(63)も「漁協への功績は多大」と言う。

 「親の代からの付き合い」と語るのは、山田さんの組合長時代、市長だった鳥越忠行さん(79)。「温厚だが芯はしっかりしており、人望も厚かった。前浜の資源を大事にした、育てる漁業に力を入れた。多くの要望を受けたが、どれも必要な事業だった」と振り返る。

 歴代の漁協組合長と親交がある山本水産の会長、山本英行さん(77)も「いつも前向きで爽やか。周りを元気にしてくれる人だった」と回顧。漁業者がいなければ鮮魚店は成り立たないが「おごるところが一切ない人。こちらの話をいつも受け止めてくれる人だった」と懐かしむ。

 放水路問題で、共に反対姿勢を貫いた苫小牧自然保護協会の元事務局長綱島正人さん(70)は「漁協が味方してくれたことは、とても心強かった。苫小牧東部の漁業問題でもずいぶん尽力したと聞いている。心からお悔やみ申し上げたい」と述べた。

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