学校給食作文コンクール(5)「給食の歴史にズームイン!」― 苫小牧拓勇小6年・丹波椛琳さん

学校給食作文コンクール(5)「給食の歴史にズームイン!」― 苫小牧拓勇小6年・丹波椛琳さん

 私の小学校では、給食についてのけいじ板がある。体育館前にあるので、よく目にする。私は給食が大好きだし、けいじ板を見ると、今の給食のメニューや栄養のことなど、いろいろなことを知れるので、ついついじっくり見てしまう。そんな中、私が今までで一番印象に残っているけいじ板は、給食の歴史について書かれていたけいじ板だ。私は、もともと歴史が好きだ。しかし、社会では給食の歴史は勉強しない。そこで、カラフルにまとめてある給食の歴史に興味をもち、もっと知りたくなったので、調べてみることにした。

 日本で初めての学校給食は、1889年(明治22年)に、山形県つる岡町の私立忠愛小学校で始まった。当時、貧しくて弁当を持ってくることができない子ども達のために給食を支給した。当時の給食は、「おにぎり」「塩じゃけ」「おつけ物」と簡素なメニューだった。その後、1952年(昭和27年)4月から、全国全ての小学校を対象に給食を支給した。そのころのメニューは、だっし紛乳が取り入れられており、その後、今のような牛乳に変わっていった。

 私は、給食が弁当を持ってこられない子ども達のために始まったことにびっくりした。そして、昔の給食のメニューは、今のような栄養バランスがとれた給食ではなく、ひとまず、みんなで食べるということに重点を置いているように感じた。今より貧困そうが多く、食べられるだけでありがたかった。その後、時代とともに食生活も様変わりをした。明治と令和では、小学校生活や日常生活においても、かなり変化をしている。ひとまず食べるということから始まり、今ではカロリー計算がされていたり、一日にとるべき量のどのくらいの量を摂取するとよい、というように、給食においての栄養のわり合やバランスが言われたりするようになった。

 その一つが「食育」だ。給食が始まった明治のころには、食育をするゆとりもなかった。戦争などがあり、生きていくのが必死な時代だ。それが今では、食べ物の育ち方を学んだり地産地消を考えたりと、食べ物について考える機会が多い。そこから、栄養のバランスや一日にとるべき量などを学ぶゆとりがある。平和とともにゆとりが生まれ、栄養のことなどを勉強するゆとりが生まれた。

 給食は、日本の歴史と関わりがあることがわかった。私は、日本が平和で豊かになるにつれ、給食は年々進歩してきていると感じた。明治のころのように、弁当を持ってくることができない子ども達も少なく、今のような栄養バランスのとれた給食が食べられること、また、今のような生活がおくれることに、私は感しゃの気持ちを忘れず、これからも、学校給食を楽しんで食べたい。

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