苫小牧郷土文化研究会(斎野伊知郎会長)は16日、苫小牧市美博物館で、市民公開講座「白老牛と私~白老牛と65年の歩み」を開いた。講師の元白老町職員堀尾博義さん(82)は「白老は道内の肉牛飼育の先進地だった」と強調。台風や豪雨災害に悩まされながらも草地の造成、飼料基盤の確立、人工授精などによる繁殖を重ね、ブランドの地盤を築き上げた昭和、平成時代を振り返った。
同町の農業は明治時代から馬の畜産が主力だったが、戦後は馬の需要減や度重なる冷害などで疲弊。浅利義市町長(当時)が、馬と同じように放牧管理が可能だった肉用牛に着目し、早熟で体形が良い島根和牛44頭を1954年10月、同町に導入した経緯がある。
馬の生産技術はあったが黒毛和種の育成は困難を極め、島根県立種畜場の職員だった堀尾さんが58年4月、町からの要請を受けて町役場に赴任し、畜産農家への育成指導などを手掛けた。
堀尾さんは、77年5月、宮崎県都城市で開催された第3回全国和牛能力共進会(全国和牛登録協会主催)で白老町の黒毛和種6頭すべてが1等賞以上となり、87年9月の島根県宍道町の共進会では繁殖雄牛3頭群が農林大臣賞を受賞するなどした歴史を紹介。80年代に始まった白老牛肉まつりや、2000年の白老牛会改良センター建設で町内外に白老牛の評判が知れ渡るようになったと回顧し「今や北海道の肉牛生産は全国一。令和になってからも白老牛への期待と需要は高まっていくだろう」と目を輝かせた。
















