50~60年代市中心部、国道36号歩道のブロック 植苗の伊藤幸男さん宅 父親が譲り受け保管

伊藤さん宅の玄関に敷き詰められたブロック。1950~60年代にかけて苫小牧市内中心部の国道36号の歩道に敷かれていたものとみられる

 1950年代に苫小牧市中心街で行われた国道36号拡幅工事で当時、歩道に敷かれたとみられる舗装ブロックが、市内植苗の伊藤幸男さん(72)宅の敷地内に現存している。伊藤さんの父、鉄治さん(故人)が60年代に工事関係者から譲り受け、玄関の石畳に活用している。市美術博物館は「当時のブロックであれば、残されているというだけで貴重」と話す。

 ブロックは、井桁の模様の入った約30センチ四方のコンクリート製で、計45枚ある。伊藤さんは「自宅は築30年ほどだが、新築時に保管していたものを自分で玄関前に敷いた。砂利が混ざった頑丈な造り」と説明。「中学生の頃、父が『がれきの山から形の良いものを譲ってもらった』と話していたのを覚えている」と言う。

 このブロックが歩道に敷かれていた様子は、苫小牧郷土文化研究会顧問の山本融定さんの著書「苫小牧・東胆振今昔写真帖」で確認できた。57年9月、拡幅工事を終えたばかりの国道36号と市道新川通の交差点付近にあった中原商店(現セブンイレブン苫小牧大町1丁目店)前から撮影した写真に収められていた。

 58年3月21日付の本紙などによると、国道36号と苫小牧駅前本通交差点と、同国道と新川通り交差点間491メートルの拡幅舗装工事は人口と交通量の増大に伴い、56年に実施された。車道の幅が最大17メートルになり、歩道も整備。大町、錦町側の歩道幅は最大5メートルあったという。

 翌57年には、新川通りとの交差点から苫小牧橋までの500メートル区間にも歩道が整備された。

 北海道道路史調査会刊行の「北海道道路史」などによると、コンクリートによる舗装が気温差の激しい降雪地域にはなじまず、国は60年代中頃までに一般国道で2次改築を実施。同国道も4車線化に伴い、歩道をアスファルト舗装に切り替え、コンクリートブロックは廃材になったとみられる。

 市美術博物館の学芸員武田正哉さんは「当時は高度経済成長期の真っただ中で、苫小牧も道内一の工業港整備などで開発面では飛躍の時代だった」と強調。「60年代、片側3車線に広げられた中心市街地の国道は現在のまちの発展に大きく貢献した。その頃の苫小牧の歩みを知る上で、ブロックの現物が残っているとすれば大変興味深い」と強い関心を示す。

 伊藤さんは「中学生だった当時、父がバイクに積んで帰って来たのを覚えているが、どんな経緯でどこから譲ってもらったのかは分からない。その頃の舗装工事などついて詳しい人がいたら、ぜひ話を聴いてみたい」と話している。

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