苫小牧市錦町2の菊地時計眼鏡店(島田順充代表)が、30日で閉店する。市内大町で開業後75年間、豊富な品ぞろえと高い修理技術で市民に親しまれてきた。同店は「長い間、温かく見守ってもらった」と感謝している。
1961年から58年間勤務する藤本敏夫さん(78)によると、同店は44年ごろ、先々代の故・菊地織さんが大町で創業。その後、現在地に移り、時計や眼鏡、宝飾品の販売、修理を手掛けてきた。高度経済成長期は売り上げが急増し、最盛期には従業員が12人在籍したという。
藤本さんは「昔は中心部に鶴丸百貨店があり、駅前通りは一等地だった。時計が1日40個売れたこともある」と振り返る。業績が好調な時には、苫小牧市民会館を貸し切って人気歌謡グループのコンサートを企画したり、1泊2日の社員旅行に出掛けたこともあった。
潮目が変わったのは、70年代。73年に長崎屋苫小牧店、77年にダイエー苫小牧店、78年にイトーヨーカドー苫小牧店と大型商業施設が市内中心部に相次いで出店すると、客足はどんどん落ち込んだ。
2000年代に入ると、市内東部での大型商業施設や全国チェーン店の進出が加速。駅前を歩く市民はさらに減った。藤本さんが50歳の時、当時の経営者に店の解散を告げられたが残った従業員4人で協議した結果、資金を出し合って、経営を続けることにした。
市内中心部が衰退する中でも、1級時計修理技能士である島田代表(83)の腕を信頼する常連客の利用は絶えなかった。高齢となった従業員2人が退職し、10年以上前からは島田代表が時計担当、藤本さんは眼鏡担当として店を切り盛りしてきたが今年11月、島田代表が体調を崩して入院。藤本さん1人で眼鏡と時計の販売と修理を続けてきたが立ち行かなくなり、閉店を余儀なくされた。
閉店予定日は30日だが商品が無くなり次第、営業を終了する方針。店内には閉店を惜しむ市民が続々と訪れている。
藤本さんは「一生懸命やってきたつもり。長い間、温かい目で見てもらい、大変ありがたい」と話している。
















