私の祖父は3年前に、心臓の病気で亡くなりました。祖父が倒れた日、私は家族と親戚でキャンプに行っていました。私は予想していませんでした。まさかこんな事が起こるなんて。
私たちは急いで祖父のいる病院へ向かいました。そこには酸素マスクをつけてベッドにあお向けになっている祖父と、その横で泣いている祖母の姿がありました。私は見ていられませんでした。
それから私は、時間があれば祖父の見舞いに行きました。祖父は認知症気味になっていましたが、見舞いに行くのは楽しく、悲しくはありませんでした。
祖父は人が変わったようにやけに楽しそうにしていました。それを見て私は安心しました。祖父に悲しい顔は似合いません。祖母も笑顔でした。嬉しかったです。見舞いに来ただけで、こんなにも笑ってくれるなんて。これからも見舞いに行こう。そう思っていました。
私がいつも通り学校で授業を受けていると、担任の先生が私を呼び出し「おじいちゃんの意識がないって連絡がきた」。そう言われて、私は父の運転する車に乗りました。不安な気持ちのまま、車に揺られながら祖父のいる病院へと向かいました。
急いで病室へ向かうと、そこにはかろうじて息をしている祖父と、泣いている祖母の姿がありました。私の頭の中は真っ白でした。急いで祖父の所にかけ寄り、声をかけました。でも、返事はありませんでした。状況を理解するまでもなく、祖父の心拍数は上がったり下がったり。祖父が生死をさまよっている間、私は祖父に「がんばって!」としか言えず、すごく悔しかったです。もっと言うことがあったのに…。
そして、祖父はなくなりました。その時私は、祖父の涙を見ました。それを見て、私は悔しくて、その場で泣き崩れました。
私が見舞いに行くと、祖父は毎回笑っていました。「見舞いに行っただけでこんなに喜んでくれるなんて!」と、すごく嬉しい気持ちになったのを、今でも覚えています。私は祖父から笑顔の大切さを学びました。
1人でも多くの人が笑顔になれれば、世界は今よりも平和になるのではないか。見舞いの他にも、ゴミ拾いや募金、悩んでいる人に声をかけるなど、小さなことから始めていけば、やがて大きな笑顔の輪になるのではないかと思います。
私は祖父から沢山のことを学びました。ほんの些細なことでも、それがやがて大きな笑顔の輪になること。そして、笑顔は人の心を暖かくし、その人を笑顔にさせるということ。私が祖父にしたように、そして祖父が私にしてくれたように。人から人へと、笑顔をつなげてほしい。そして、笑顔で人々を救ってほしい、という祖父の思いを知ることができました。
今の社会には、笑顔の輪が足りていません。だからこそ、手を取り合って、笑顔の輪を広げていかなければなりません。そのためにも、小さなことから始めていけば、社会はよい方向へ向かうと思います。
当たり前だと思っていたことが、実はすごく大切なことだと、私は祖父のおかげで知ることができました。これからも、日常にある「当たり前だけど大切なこと」を忘れず、祖父の分まで生きようと思います。
















