今回「ゆのみ」の執筆を引き受けるに当たり、無職で独身の自分には肩書が無い事につまずいた。在宅で親を介護しているが介護職ではない。家事一切を仕切っているが主婦ではない。無職という肩書では格好がつかない。
そこで大変おこがましい事だが「苫小牧俳句協会」の名を使わせていただくことを協会長から了承を得た。私が俳句協会の会員になったのは、わずか3年前である。俳句経験も浅く漢字や言葉の知識も十分にない未熟者ゆえ、俳句協会の諸先輩方に恥ずかしくないものが出来るのかと、軽いプレッシャーに押されている。
俳句を始めたきっかけは、父が17年前から活動していた沼ノ端俳句会に5年前に入会したことだ。父は昔から人付き合いが良く、囲碁、将棋、マージャン、ゴルフ、釣りなどを仲間と楽しみ、家ではジグソーパズルと読書と俳句を趣味としていた。古い漢字や言葉遣いなどの知識は広く短冊の筆字もうまかったが、俳句で花鳥風月を詠むセンスは、著名人がさまざまな才能を競うテレビ番組「プレバト!!」的には凡人か才能無しの範囲かなと思う。しかし、昭和に生きた父の生活俳句は、私では詠めない当時の景色や思いが浮かび、さすがだと思う。
俳句が出来るとお互いに笑いながら批判とダメ出しとたまに共感をして楽しんだ。その父がこの3月、89歳と11カ月の生涯を閉じた。最後は手を握り、静かにみとれたことを心から感謝したい。
父の手に重ぬる吾が手別れ雪
(苫小牧俳句協会会員)
















