大人に代わって、家事や介護など家族の世話をする子ども「ヤングケアラー」。国の調査をきっかけに注目が集まる一方で、当事者の子ども自身が声を上げることは難しく、問題が表面化しにくいのが実態だ。両親の離婚をきっかけに小学3年生から成人するまでの間、家事やきょうだいの世話を1人で担ったという苫小牧市の主婦佐々木けい子さん(33)=仮名=は「子どもは自分から『助けて』と言えない。周りの大人がささいな違和感に気付いてほしい」と訴える。
苫小牧で生まれ育ったけい子さんは両親と妹、弟、祖母と6人で暮らしていたが、小学3年生に進級する直前に両親が離婚して母が家を去った。父は仕事で月の大半は不在。その上、祖母が認知症を発症したため、けい子さんは9歳にして小学2年生の妹と2歳の弟の世話や家事を担うことになった。
朝は洗濯や朝食の支度、きょうだいの着替え、食事の世話をして弟を幼稚園に送り出してから登校。授業が終わるとすぐに帰宅し、夕食の支度や弟の世話に追われた。給食がない夏休み中はさらに過酷で、一日中台所に立ち続けた。
「自分が投げだすことで弟も妹も死んじゃうと考えたら、家事や育児を放棄することはできなかった」とけい子さん。当時の生活を「逃げたくても逃げられない、まるで見えないおりの中で暮らしていたかのようだった」と振り返る。
けい子さんが置かれている深刻な状況に、周りの大人は誰も気が付いてくれなかったという。弟の世話のために遅刻しがちになったけい子さんを、小学校の担任教員はただ叱り飛ばすだけだった。認知症が進んだ祖母から虐待を受けるようになり父に窮状を訴えるも信じてもらえず、「お前はうそつきだ」となじられるだけだった。
そんな経験から「大人は自分を叱るだけの存在」という思いを強くしたという、けい子さん。「どうせ言っても分かってもらえない」という大人に対する不信感を募らせながら、実家を離れる20歳の時までじっと耐え続けた。
自らSOSを発しなかった理由はまだある。子ども心にも、自分の家の内情を他の人に知られたくないという思いもあったからだ。「よその家と違うことが恥ずかしくて、必死に”普通”を装っていた。助けてほしいなんて、自分からは絶対に言えなかった」と打ち明ける。
ヤングケアラーの存在に世間の注目が集まる中、けい子さんは地域の子どもたちに気を配り、深刻な状況にある場合には救いの手を差し伸べられる大人が増えることを願っている。
「大人から見れば、私は親に世話をされていないことが明らかだったはずなのに、誰も関心を持ってくれなかった。『どうしたの?困っていない?』と親身になってくれる人がいたら、何か変わっていたのかもしれない」とけい子さん。「ヤングケアラーを救うためには、まずは大人が子どもに優しいまなざしを向けることから始めるべき」と実感を込める。
















