王子製紙苫小牧工場が明治から昭和初期にかけて運行し、「山線」の愛称で親しまれた王子軽便鉄道の映像が新たに発見された。千歳市の支笏湖畔での工事風景や湖畔駅とみられる場所の近くに停車する列車、走りだす列車の窓から笑顔を見せる詰め襟(学ラン)の少年の姿などが記録されている。山線の動画発見は、1982年8月に稼働している列車を収めたフィルムが苫小牧市高丘の会社員宅から見つかって以来39年ぶり。
苫小牧市勇払出身で東京都在住の映画監督稲塚秀孝さん(70)が、今秋の公開を目指して制作している記録映画「日高線を生きる」の中で山線を扱う計画があり、資料映像を探していた。5月中旬、市内王子町の私設文学館「斉藤征義の宮沢賢治と詩の世界館」を通じて市民から提供を受けた映像の中で発見した。
同館館長の丸山伸也さん(69)が8ミリカメラで撮影された26分40秒ある元映像の中から山線登場シーンのみを抽出し、計80秒ほどの動画に編集し直した。
動画には支笏湖畔での工事風景や湖畔駅とみられる場所近くで停車する列車、走りだす列車の窓から笑顔を見せる学ラン姿の少年が記録されている。山線の機関車に特徴的な逆U字型のサドルタンクや車体に「丸に王」のロゴがあり、映像を見た市美術博物館の武田正哉館長は「支笏湖とおぼしき場所などから山線である可能性は非常に高い」と話す。
映像が撮影された時期は不明。ただ、山線が1908(明治41)年から51(昭和26)年にかけて運行されていたことや少年が乗る客車に多数の一般客が乗っている状況などから、武田館長は「資材の運搬に加えて旅客の輸送が活発になった1946~51年ごろに撮影されたのでは」と推測する。
82年に見つかったフィルムは当時、市高丘の会社員吉田敏さん(当時37)が市青少年センター(現市科学センター)に寄贈した20巻。吉田さんの父・峰蔵さんが35~41年ごろにかけて9・5ミリカメラで撮影したという。市美術博物館が映像を鑑定したところ、82年のフィルムとは違う新映像であることが分かった。
稲塚さんは「探していた映像が見つかり、うれしい。制作中の作品に映像を生かしたい」と話している。



















