苫小牧市王子町の私設文学館「斉藤征義の宮沢賢治と詩の世界館」はこのほど、賢治と児童文学誌「赤い鳥」の関わりを解説する講演を行った。同館で開催した「赤い鳥」の復刻版表紙絵展にちなみ、丸山伸也館長(69)が講演、参加者15人が耳を傾けた。
児童文学者の鈴木三重吉(1882~1936)が創刊を目指した大正時代は児童向けの文学作品が乏しく、丸山館長は「三重吉は同誌で子どものための作家と作品の登場を期待した」と説明。賢治も「赤い鳥」への作品掲載を希望し、三重吉の求めに応じて童話を送ったが掲載は見送られた。丸山館長は「エスペラント語を用いるなどした賢治作品は、単純明快で子ども心にすぐ届く作品を目指す三重吉の理解を超えていたのでは」と見解を述べた。
白老町石山の但馬まやさん(72)は「三重吉と賢治の考え方が合わなかっただけで、どちらの理想も間違ってないと確認できた」と感想を話し、表紙絵展のために復刻版を同館へ貸した同町高砂町の三野美恵子さん(87)は「母が読み、自分も子どもと一緒に楽しんだ本。多くの人に紹介してくださり、うれしい」と笑顔を見せていた。
















