神田川

神田川

 東京・原宿のなだらかな坂の表参道を歩いて、右に曲がった路地の一角にその店はあった。れんが造りで、こぢんまりしたカフェバーのような店。伝説の「ペニーレイン」で、ミュージシャンや芸術家の卵たちが集う店として知られていた。あの人を初めて見たのも、この店だった。写真の印象よりは、大きな人だなと思った。1970年代も終わろうとしていた頃だったような気がする。

 作詞家の喜多條忠さんの訃報を聞き、そんな遠い思い出がよみがえった。早稲田の学生時代、女性シンガー・ソングライターの草分け的存在だった故浅川マキさんに魅了されて大学を中退し、放送作家に。そしてマキさんの影響で作詞家に転身した。

 代表曲は「神田川」。親交のあった、かぐや姫の南こうせつさんから「締め切りは今日なんですけど」と、新アルバム用の作詞依頼が急に入った。帰宅途中に目に映ったのが神田川。この川沿いの3畳一間のアパートで彼女と同棲していた学生時代の思い出を、チラシの裏に一気に書き上げ、こうせつさんに電話で吹き込んだ。学生運動の熱が急速に冷め、平凡な日々が続く空虚さを〈ただ 貴方のやさしさが 怖かった〉と表現し、曲は空前の大ヒットとなった。

 今もそう変わらないのかもしれないが、70年代の学生の多くは都会の片隅で貧しい生活を送っていた。ただ、友人たちと過ごした狭いアパートの部屋に小さな希望もあった。「神田川」を聴くたびに、そう思う。(広)

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