エゾシカ

エゾシカ

 エゾシカはアイヌ語でユクという。イセポカムイ(ウサギ)、ケマコシネカムイ(キツネ)、キムンカムイ(ヒグマ)など、アイヌの精神世界でカムイ(神)と見なされた野生動物は多いけれど、シカは神様になれなかったようだ。それほど、ありふれた存在だったということか。アイヌの古いことわざに「鍋を火にかけてから狩りに行く」というのもある。自然があるがままの姿を保っていた往時の北海道には、人の身近にたくさんいたのだろう。

 開拓が始まった明治の初め、どのくらい生息していたのか。当時の捕獲数記録を基に北大苫小牧研究林の前林長、揚妻直樹教授が調べたことがある。推計では1873(明治6)年時点で50万~70万頭。増え過ぎたとされる今と変わらないことが分かったという。天敵だったエゾオオカミに捕食されたり、まだ地球温暖化が始まっていない時代の厳しい冬を乗り切れなかったりした分を考慮すると、今よりはるかに多い100万頭近くいた可能性を指摘する。

 もともとの北海道の自然からすれば現状は多い訳でない。揚妻教授はそうみる。乱獲で絶滅寸前に陥ったシカの数がようやく戻ってきたと言えるのかもしれない。だが、回復途上の中で土地利用を広げた人との摩擦も生むようになったのは確かだ。被害や危険回避の捕獲の必要性は認めるが、悪者扱いはシカにとって不本意だろう。野生動物の命を大量に奪う施策には一定の慎重さもあっていい。(下)

関連記事

最新記事

ランキング

一覧を見る

紙面ビューワー

紙面ビューワー画面

レッドイーグルス

一覧を見る