終戦から77年の15日、苫小牧市主催の平和祈念式典が市民会館大ホールで開かれた。戦没者の遺族や一般市民ら150人余りが参列。ウクライナ侵攻や台湾情勢の緊迫化など世界の平和秩序が揺らぐ中、参列者は不戦の誓いを新たにした。
昭和天皇が日本の降伏を国民に告げた玉音放送時刻の正午に合わせて、参列者全員で黙とうをささげ、戦没者を追悼した。岩倉博文市長は現在もロシアのウクライナ侵攻が続いていることに触れ、「どうすればこの負の連鎖を止められるか、今こそ一人ひとりが考えて行動すべきだ」と強調。「非核平和都市条例の制定から20年の節目を迎え、今を生きる者の責務として恒久平和の努力を重ねていく」と決意を示した。
戦没者の遺族を代表し市遺族会の三海幸彦会長は「戦争の悲惨さ、平和の尊さが忘れられつつあるが、二度と私たちのような遺族を出してはならないという思いで、後世に語り継ぐことが課せられた使命だ」と述べた。
「平和の誓い」では、市の非核平和事業で1~3日、被爆地・広島市を訪問した市内の中学生5人が登壇。原爆が今もなお被爆者を苦しめている状況を語り、「二度と戦争を起こさないために、平和な世界をつくるために、責任をもって平和のバトンを後世に伝えることを誓う」と声を合わせた。
岩倉市長と三海会長が苫小牧出身の戦没者631人を祭ったステージ上の祭壇に花輪を供えた後、参列者が献花台に白菊を手向け、犠牲者の冥福を祈った。
兄が沖縄で戦死したという苫小牧市弥生町の平岡芳子さん(90)は「兄は26歳で亡くなった。遺骨を受け取った時、父が男泣きしていた光景が忘れられない」と話し、「ロシアのウクライナ侵攻も起きたが、とにかく戦争がなくなってほしい」と願った。
















