14日にトヨタ自動車(愛知県)名誉会長の豊田章一郎さんが死去し、苫小牧市の関係者からも惜しむ声が上がっている。道内最大のものづくり企業に成長したトヨタ自動車北海道の苫小牧進出が決まった1990年当時、トヨタ自動車社長として陣頭指揮を執ったとあり、地元関係者は「苫小牧の発展に貢献してくれた」と感謝する。
当時の苫小牧市長だった鳥越忠行さん(83)は「ソフトで紳士的な人だった」と回顧。進出決定前後に繰り返し愛知の豊田氏を訪ねたといい、「豊田さんも何度か『隠密』で苫小牧に来てくれ、親しみを持って会ってくれた」と懐かしむ。「トヨタが来てくれたおかげで、若者の雇用の受け皿ができ、人口が増えた。北海道経済も発展するきっかけになった。感謝の気持ちでいっぱい」と述べた。
トヨタ北の元副社長、石橋弘次さん(77)は「北海道に特別な思い入れを持っていた。(豊田氏は)戦後間もなく稚内で働いていた話をしてくれたこともあった」と回想。「全トヨタのシンボルともいう方が、何度も苫小牧に来てくれた。奥さまと工場見学されたこともあった」と明かす。
トヨタ北の創立記念日は9月6日だが、当初竣工(しゅんこう)式典を7月14日に計画したところ、豊田氏の日程が合わず変えたという逸話もあるほど、愛着が深かったという。「カナダとのアイスホッケー交流事業などのアドバイスもしてくれた」とし、「常に地域への貢献を大事にしながら、トヨタ北の成長をバックアップしてくれた」としのんだ。
トヨタ北の取引会社による協力会・勇豊会の初代会長で、松本鉄工所会長の松本紘昌さん(77)は92年のトヨタ北創業時、豊田氏と対面した時のことを「『地元の企業になります、よろしくお願いします』と頭を下げてこられた。天下のトヨタという感じはなく、とても気さくな方だった」と振り返る。
トヨタ進出前は苫小牧をはじめ胆振地域は、紙パや鉄鋼、エネルギーなどが主要産業で、これら取引先も「暗中模索だった」と言うが、トップの姿勢に打たれて協力する経営者も多く、「自動車産業、日本の経済発展に大きく尽くし、苫小牧に明るい光を差してくれた」と惜しんだ。
トヨタ北の北條康夫社長(66)は「地域への思いを大切にされる方だった。お会いした時はいつも温かいまなざしで見守っていただいた」と思い返す。2018年9月の胆振東部地震では、当日朝に直接電話を掛けてきたといい、「励ましの言葉を頂戴し、心温まり、勇気も頂いた」と感謝。「これからも名誉会長の教えを大切にし、事業と地域の発展に尽くしたい」と気持ちを新たにしている。
















