5月5日。苫小牧市の演劇界に多大な貢献をされた重鎮の訃報が届く。劇団群’73前代表の鳥嶋清嗣朗さん。ゆのみの執筆依頼を頂き、何を書こうかと考えていた矢先のこと。この文章は鳥嶋さんの通夜の夜に書いた。ゆのみの原稿は自分と鳥嶋さんや、自分と演劇との関わりを思い出しながらつづることにする。
私が演劇に関わるようになったのは高校3年生の夏休み。演劇のワークショップが開かれるという記事を苫小牧民報で見掛けた。まだワークショップという言葉がほとんど知られていない頃で、その言葉が何か引っかかった。主催者は小劇場演劇集団、劇団「苫小牧4丁目劇場」。ワークショップという言葉を知るために、軽い気持ちで申し込んだのだが、それが就職氷河期に就職して上京したにもかかわらず、1年後に辞表を出し、芝居の世界に身を置くことになるとは、その時は知る由もなかった。
参加してみると、軽いウオーミングアップから始まり、「初めまして」という者同士がクリエーティブな作業をするため、体と頭を使うシアターゲームを行った。そこから、シーン(場面)を作る体験などもした。
楽しかった。学生時代はアイスホッケーとサッカーしかやってこなかったが、体を動かすのは好きなのだ。
ワークショップの帰り際、この劇団が第2回公演を秋に控えていると聞いた。手伝ってみない?と誘われ、何と演劇の舞台を経験することになったのである。そして肝心の鳥嶋さんと出会うまであと数カ月。
(舞台演出美術家・苫小牧)
















