男性は三浦浩さん(45)=空知管内栗山町=。高1だった当時、奥尻島青苗地区(桧山管内奥尻町)に祖父母と暮らしていた。地震発生時は自室で勉強していたが、洗濯機の中にいるような揺れを感じた。地震が起きたらすぐ高台に行くよう祖父から教えられていたため、祖父を背負い、祖母の手を引きながらはだしで走った。
逃げる途中、誰かが助けを求める声が聞こえたが、立ち止まれなかった。祖父のサンダルが落ち、すぐ後ろで波にさらわれていくのを見た。「生死の境目は本当に一歩の差だった」と振り返る。高台に着くと、ガラスやがれきを踏んだ足は血だらけになっていた。
三浦さんと祖父母は助かったが、親しくしていた近所の人たちが亡くなった。生き残った後ろめたさから、経験を語ることにためらいがあった。
転機となったのは、昭和三陸地震と東日本大震災による二度の大津波を経験し、紙芝居で語り部活動を続けてきた田畑ヨシさん=2018年死去=との出会いだった。言い伝えを守ったことで津波から助かったという共通点に引かれ、連絡を取った。手紙などでやりとりする中で、田畑さんから「経験を伝えることで助かる命がある」と後押しされ、覚悟が決まった。
12年から語り部として活動を開始し、自身の被災経験を物語調にした紙芝居を自作。これまでに300回以上講演し、2冊の絵本を自費出版した。
昨年4月からは語り部の活動に専念し、愛車で全国を回っている。1年間で走行距離は4万キロになった。12日には奥尻島の青苗小学校で、紙芝居を使って語り継ぐ予定だ。
巨大な津波が発生し、死者・行方不明者230人を出した北海道南西沖地震から12日で30年となる。被災当時高校生だった男性は、経験を語ることに葛藤を抱えつつ、東日本大震災の被災者との交流を通じて考えを変えた。「本当はなくなっていたかもしれない命。最大限生かしたい」と話す。
紙芝居を使って北海道南西沖地震の教訓を伝える三浦浩さん(本人提供)
















