妻が好きだったコスモスに囲まれ 胆振東部地震5年

妻が好きだったコスモスに囲まれ 胆振東部地震5年
災害公営住宅の前に咲いたコスモスを手に妻を思う山口さん

 2018年9月の胆振東部地震から6日で5年。厚真町本郷の災害公営住宅で暮らす山口清光さん(86)は、地震から12日後に最愛の妻サダ子さん=当時(81)=を亡くした。何年たっても悲しみは消えないが、かつて住んでいた自宅跡地から持ち込んだ土で妻が好きだったコスモスの花を育て、懸命に生きている。

 「これ、すごいしょ!」。山口さんは窓の向こうにある花を指さして言った。のぞいてみると、背丈2メートルほどの色鮮やかなコスモスが咲いていた。一昨年、今の住宅に移って初めて花が咲き、3度目の夏。今年も自然に芽が出て、サダ子さんが愛したピンクや紫のかれんな花を咲かせた。

 富里地区で生まれ育った山口さん。美唄市から嫁いできたサダ子さんと農業を営み、趣味のパークゴルフやドライブなど同じ時間を過ごした。震災の前年に自身が脳梗塞になった時は、献身的な看病で支えてくれた。

 そんな夫婦を襲った5年前の震災。当時住んでいた自宅は半壊し、2人は避難所生活を強いられた。それから9日たち、サダ子さんが突然、胸の痛みを訴えた。医師に診てもらい、この時は特段の異常はなかった。しかしその3日後、避難所の仮設浴場で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 「地震で家が壊れてショックを受け、うつろになっていたのかも。人もたくさんいる慣れない避難所にいたから」と助けてあげられなかったことを悔やむ。山口さんは1人、本郷地区の応急仮設住宅に移ったが、「精神的にどん底だった」

 それでも、ボランティアの人たちが何度も様子を見にきてくれ、「そのおかげで今がある」と多くの支えに感謝する。自宅ではパソコン3台をフル活用して動画付きの日誌を書いたり、好きな曲を聞いたり、カラオケの練習をして過ごす。体操教室やパークゴルフにも足を運んで体を動かすほか、自宅の庭では苗から育てたミニトマトがいっぱいになっている。

    ×  ×

 コスモスとの出合いは21年春。かつて自宅のあった場所が水田になると聞き、その前に「家内が大事にしていたから」と敷地の土をすくって持ち帰り、今の自宅の花壇に入れた。そこに偶然コスモスの種が交じっていたらしく、夏には芽が出て花を咲かせた。

 花は昨年、今年と広がるように咲き乱れ、今では辺り一面がピンクや赤、紫と鮮やかに彩られる。昨年、取れた種を多くの仲間に配り、今年は故郷の富里地区にある厚北地域防災コミュニティセンターならやまの前に「分家」の花が咲いた。

 一方で、「朝起きて花の成長を見ると、自分も年を取っているなと思うよ」と苦笑いを浮かべる。昨年秋には頸椎の手術で入院し、その間、新型コロナウイルスにも感染した。

 「コロナやら、何やらでバタバタと5年がたった。あっという間だった」と振り返る。「あの時のことは思い出したくない。でも、何があっても忘れられない。死ぬまで忘れないよ」

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