苫小牧市立病院の院長を2014年4月から10年間にわたって務めた松岡伸一院長(67)が31日付で退職する。在任中は胆振東部地震や新型コロナウイルス感染症の流行を経験する一方、医局棟の新設を実現するなど同院運営や医療体制の堅持に尽くし、本来は65歳だった定年も延長した。松岡院長に10年間を振り返ってもらった。
―院長を10年間務めた。
「北海道の自治体病院協議会の会長を務めていたこともあり、道から全道的な要望が来た。苫小牧ではどのようにしようかとお願いすると、みんながきちんと動いてくれたので大変助かった。苫小牧がお手本みたいな役割を果たし、他地区がその例にならうということができたのではないか。関係職員がよく働いてくれたので感謝している」
―18年には胆振東部地震を経験した。
「厚真町など地域の被災を受け、全国から集まったDMAT(災害派遣医療チーム)の東胆振活動拠点本部が設置された。病院自体は自家発電があり、ほとんど影響はなかったが、ブラックアウト(大規模停電)で交通がストップしたり、お店に食べ物が並ばなくなったりと、普段の暮らしが全然できず苦労した。ただ、当院が全国のDMATに有効に利用してもらえ、被災地の救援に当たったことは意義があった」
―20年に新しい医局棟が完成した。
「就任するときに病院を見学し、医局の狭さが気になっていた。(06年に)病院が建ったときは医師50人ぐらいだったが、わたしが来たときは80人近く、市長に医局増築をお願いしていた。完成と同時期に新型コロナの入院患者が出た。それまで病院の真ん中にあった医局が端に移動し、医師が全員病棟近くから避難したみたいな感じでちょうど良かった」
―感染症指定医療機関としてコロナ対策に奔走した。
「コロナが流行した20~23年はかかりきりで、一般診療も制限した。時期によって重症度や患者の数も違い、ホテルで療養したり、自宅で待機したりと、対応もいろいろ変化したが、病院が単独で対応したというわけではなく、医師会や保健所、市も含めて、力を合わせて地域を守ったと感じている。昨年5月にコロナが5類に移行し、ようやく一段落した」
―23年の自治体病院学会で学会長を務めた。
「就任2年目の15年に函館で学会が開かれ、22年開催地を苫小牧が担当することが決まった。コロナで学会が1年延期になり、会場はやむを得ず札幌になったが、昨年8月31日と9月1日に第61回自治体病院学会を開催。コロナも明け、3300人が参加していただき、盛会に終わることができた」
―今後は。
「苫小牧市保健センターで医師として勤務する。これまで責任が重かったので、楽をしたいなというのが本音だが、まだ仕事はしていきたいと思う。週1回の水泳も続けていきたい」
















