苫小牧市の岩倉博文市長が28日、辞職届を提出したのを受け、市民や関わりのあったさまざまな団体などに受け止めを聞いた。
「ゆっくり休んで」
拓勇東町の保育士吉村絵梨さん(38)は「入退院を繰り返すニュースを聞き、心配していた。長年苫小牧のために活動してくれてありがとう―という気持ちでいっぱい。体を大切にし、ゆっくり休んでほしい」とねぎらった。
新中野町の会社員小松開斗さん(30)は「ニュースで市長を見た時に顔色が悪く別人かと思った。休んだり、出勤したりを繰り返している印象だったので無理をせず、次の市長に託してほしい」と述べた。
「市民を巻き込み事業展開」
市町内会連合会の山端豊城会長(73)は、ごみ減量とリサイクルを推進する「ゼロごみ大作戦」など市民も巻き込んだ多彩な事業を展開したことを評価。「町内会行事などにも土日関係なく参加し住民と交流してくれた」と感謝した。
その上で、コロナ禍以降の町内会活動に触れ、「担い手不足や役員の高齢化で行事の開催が難しく、コミュニティーが崩壊している」と強調。「市議会も巻き込み今後の町内会活動について一緒に考える機会が欲しかった」と語った。
「福祉に熱い思い」
岩倉市長が力を入れた政策の一つが「ふくしのまちづくり」。2011、16、17、21年度には福祉施策に集中的に取り組む「ふくし大作戦」を繰り広げた。
市社会福祉協議会の渡辺敏明会長(74)は「ふくし大作戦という大きな傘の下、社協も地域ニーズに応えるという役割に力を注ぐことができた」と話す。市内でも生活上の困り事を抱える人が急増。大作戦で醸成した機運を追い風に、交通弱者の移送支援や独居高齢者のペット預かりなど独自の取り組みにつなげた。
市民生委員児童委員協議会の松村順子会長(72)も「地域福祉に対する市長の熱い思いに支えられた」と語る。民児協活動に協力的で3年置きの改選期には「欠員ゼロスタート」を自ら発信し、担い手の確保に奔走していたという。
児童虐待問題の深刻化を受け、道に児童相談所の苫小牧設置を求める署名活動を計画した際も「民の声を届けるのはとても大切」と後押ししてくれたと回顧。「その言葉があったから署名活動に踏み切れ、室蘭児童相談所分室の苫小牧設置につながった」と語る。
「男女平等参画を推進」
岩倉市政は男女平等参画の取り組みも推進。大きな一歩となったのは、13年11月に道内自治体で初の男女平等参画都市宣言だ。当時、苫小牧男女平等参画推進協議会(現・ネットワーク苫小牧)の会長だった髙橋雅子さん(88)は「将来を見据えた市長の偉大な決断だった」と言い切る。宣言後も日本女性会議苫小牧大会開催、男女平等参画を推進する市民会議の設置、パートナーシップ制度の導入といった施策を次々と実行。髙橋さんは「岩倉市長は男女平等の実現に向けて共に歩んだ同志。苦しい時もあったけど、一緒に歩けてとても楽しかった」と話す。
「まちづくりに貢献」
苫小牧青年会議所(JC)理事長の保坂俊也さん(39)は「任期途中で退く意向を知り、大きなショックを受けた。日本青年会議所副会頭も務めたOBでJCの発展にも貢献した。昨年は子育てに関する提言を市政に反映してもらうなどまちづくり活動への理解を得られた」と感謝する。
市商店街振興組合連合会の前理事長で、王子町で印鑑専門店を営む秋山集一さん(74)は「まちづくりではさまざまなイベント創出で人の交流を生んだ実績もあるが在任中、再び駅前に元気な商店街が形づくられるのを見届けられず、心残りだろう」とおもんぱかる。
「新しいことに前向き」
市文化団体協議会の林広志さん(74)は「文化事業への市の援助が各種事業の成功に不可欠だった。市民ホールの竣工(しゅんこう)を区切りとされるものと思っていたので残念」と述べた。
若者文化にも理解があった岩倉市長。アニメやゲームなどの登場人物に扮(ふん)したコスプレーヤーが集まる「とまこまいコスプレフェスタ」が始まった14年に苫小牧観光協会専務理事を務めていた元市職員の斎野伊知郎さん(73)は「新しいことに前向きで、苫小牧を売り出そうという思いも強かった」と振り返る。市の公式キャラクター・とまチョップの事業への活用について「市役所内で最初は冷ややかな声もあったが、押し通して人気者にした。市長として民間出身であることを意識していたのかもしれない」と話した。
「スポーツ全般に理解」
市スポーツ協会の本間貞樹専務理事は「スポーツ全般に理解が深く、全国級から地域各大会の開催、競技振興に至るまで尽力いただいた」と感謝。「健康を取り戻し、またスポーツのイベントに足を運んでもらいたい」とし、「これからの市政にも氷都、スポーツ都市宣言の歴史性を継承してほしい」と願った。
















