苫小牧市中学生主張発表大会 (15) 努力賞 私にとっての「自由」 啓明中2年 吉原 ゆいさん

苫小牧市中学生主張発表大会 (15) 努力賞 私にとっての「自由」 啓明中2年 吉原 ゆいさん
吉原 ゆいさん

 皆さんにとって「自由」とは何ですか。

 私は幼いころから先生や友人、身近な人からよく「自由だね」と言われることが多かったように思います。ただ、幼かった私には、その言葉の本当の意味は分かりませんでした。

 過去に私は友人に、「自由」とは何かを尋ねたことがあります。その時、友人は皆口をそろえてこう言いました。「自分の好きなことを、自分の好きな時にすること」

 確かにそれは自由と言えます。実際にそれを自由と捉える人は少なくないと思います。

 私にとって「自由」とは、「不自由のないこと」です。

 この日本で暮らす中学生にとっては、当たり前のように思う人が多いと思いますが、実はとても幸せなことだと私は思います。

 例えば、私たちは毎日食事をし、学校に通います。でも、今も世界のどこかで、差別や迫害、紛争が起こり、その地域の子供たちは自由に食事をとることができずにいます。また、自由に学校に通い、勉強することができずにいます。毎年増え続けている世界人口の70億人のうち、約8億人以上の人が満足な食事をとれず、病気などに苦しんでいます。そして、約3億人の子供たちは自由に学校に通えていません。

 そんな中、私たちは毎日美味しい食事をとり、当たり前のように学校に通っている。それは、本当に幸せなことだと思いませんか。

 「不自由」であることより、「不自由のないこと」の方が良い。ただ、私は以前大きなケガをして自由に歩けなくなり、「不自由」を感じたことがあります。普段はなんてことのない階段の上り下りでさえ苦労しました。そんな時、友人が私の荷物を持ってくれたり、私が困っている姿を見付けては、手を貸してくれました。私は、彼女たちの優しさが嬉しくて、嬉しくて、その時、幸せを感じました。私はその経験から、もし「不自由」があったとしても、誰かの助けがあればできることがあったり、誰かの優しさがあれば、幸せな気持ちになれたりすることを知りました。私は、多くの人が誰かの役に立ちたいという思いを持ち、行動することで「不自由」に苦しむ人を、少しでも「不自由のない」生活に変えることができると思っています。

 「自由」は捉え方を間違えると、時に人を困らせることがあります。例えば、他の人とした約束を、自分の都合が悪いからと、勝手に破ってしまったり、きまりには書かれていないからといって、自分の思うままに行動したりしてしまうと、必ず誰かに迷惑をかけ、他の人から信頼もされません。

 自分の好きな時に、自分の好きな事だけをする。そんな自分勝手な「自由」であってはならない。自分が好きな時間、好きな事を大事にしながら、周りにも気を配る…そんな「自由」を謳歌できる人に私はなりたいです。

 幼い頃、よく言われた「自由だね」という言葉。それは、良い意味で言ってもらったものなのか、悪い意味だったのか。中学2年生になった今、「自由」の在り方や、本当の意味をまだまだ少しですが理解できるようになりました。今もたまに「自由だね」と言われることがあります。きっと、私の「自由」には、まだまだ自分勝手な「自由」があるのかもしれません。いつか「あなたの自由、いいね!」と言われるように、そして胸を張って「ありがとう!」と言えるようになりたいです。

 「自由」は人を幸せにします。ただし、捉え方を間違えると、人に迷惑をかけてしまいます。「自由」という言葉には、人として成長するためのたくさんのヒントが隠れていると思います。皆さんも本当の「自由」を理解して、家族や友人、たくさんの人と笑顔になってください。

(おわり)

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