”港町とまこまい”をアピールするため、1956(昭和31)年8月、第1回苫小牧港まつり(現とまこまい港まつり)が開かれ、同時に「ミス港まつり・準ミス港まつり」が誕生した。初代の準ミス港まつりに選ばれた廣内幸子さん(84)=苫小牧市錦町=は当時20歳。「まちに関心を持つきっかけにもなり、大変貴重な経験をさせてもらった」と振り返る。
苫小牧では50年、前身の観光まつりがスタート。6年後に、苫小牧港の開港とまちの発展への期待を込めて苫小牧港まつりに改称され、第1回は8月14~16日の3日間、旧産業会館(旭町)横をメイン会場に開催された。
ミス港まつりの選出は苫小牧民報社の主催事業。当時、市立病院に勤めていた廣内さんは、上司から応募するよう促された。応募総数は43人。書類審査を通過し、市公民館(現市文化交流センター)で行われた2次審査に自作のワンピースを着て臨んだ。
審査員から「これからの苫小牧をどう考えるか?」と質問され、「今は若い人がたくさんいるが、いずれ市民が高齢となる時代が来る。みんなが平等にサービスを受けられるよう、福祉が充実することを願う」と答えた。はきはきとした受け答えと165センチの長身が評価され、5人の最終候補に選ばれた。
5人は前夜祭の14日、市内中心部で行われたパレードに参加。最終審査はまつり初日の15日、メイン会場で1万人の来場者の前で行われ、初代のミス1人と準ミス2人が選ばれた。3人は15日の仮装パレードにも参加し、沿道に詰め掛けた約3万人の市民に笑顔を振りまいた。
廣内さんは「パレードを見ようと道路をふさぐほどの人が集まり、楽しいひとときだった」と回顧。「自分が選ばれるとは思わなかったが苫小牧のまちのにぎやかさを体感することができたので、応募してよかった」と言う。
ミス港まつりは数度の改称を経て、2003年から現在のハスカップレディとなった。観光親善大使として、市内外でまちの魅力をPRする役目を担う。今年は新型コロナウイルス流行の影響で港まつりもハスカップレディの募集も中止。廣内さんは「少し寂しい夏になってしまったけど、来年を楽しみに待つしかない」と話す。
その上で、「苫小牧にはたくさんの魅力がある一方、駅前に活気がないなどの課題も多い」と指摘。「昔の自分のように今の若い世代にも、何かへの挑戦をきっかけにまちに関心を寄せてもらいたい」と語った。



















