宮沢賢治の「牛」を考察 故斉藤さんの論文再版へ

苫小牧市旭町の国道36号沿いに設置されている「牛」の詩碑=今年5月の「宮沢賢治の集い」

 宮沢賢治研究の第一人者で詩人の故斉藤征義さんの蔵書などを収蔵する「斉藤征義の宮沢賢治と詩の世界館」(苫小牧市王子町、丸山伸也館長)は、賢治が苫小牧で書いた詩「牛」の誕生について斉藤さんが考察した論文の再版へ向け、作業を進めている。「『海鳴り』の行方」という題の論文で、未発表分もあるとみられることから、関係者を当たって原稿を捜している。

 賢治は花巻農学校の教員時代の1924年5月21日、苫小牧を訪れ、牧歌的なイメージの10行詩「牛」を書いた。ところが同じ日に書かれた「海鳴り」は、死を暗示するかのような暗い52行の詩だった。斉藤さんは論文で、苫小牧という一つの風景から全く違う二つの詩が生まれたことに注目。「『牛』は『海鳴り』の改作ではないか」と推論し、「牛」になる過程で消えてしまった42行について考察している。

 この論文は1979年、千歳市の市民文芸誌「みなづき」22号に掲載された。文末に「以下次号」とあり、核心に迫る原稿がまだあることを示唆している。ところが文芸誌は22号で休刊し、次号の原稿の行方は分かっていない。丸山館長は「当時の事務局関係者に当たるなどして原稿の発見を急ぎたい」と話し、復刻に向け全力を挙げる考えだ。

 また、戦後復興期の旧穂別村(現むかわ町)の水力発電計画について、斉藤さんが経緯をまとめた評論「銀河にかかる発電所 穂別と宮沢賢治」も近く再版する予定。78年ごろに書かれたとみられ、原稿用紙46枚にわたる生原稿が同世界館にあるという。

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